HIPHOP

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2005年

この頃を境に日本のシーンはメインストリームとアンダーグラウンドシーンが確実に分けられ始め、転換期にさしかかっていた。アンダーなシーンで活躍していた人物達がメインストリームへと乗り換えていく動きが活発化し、それに平行してアンダーグラウンドシーンでのムーブメントも活性化を始めた。主に乗り換えていく側にいたのは「RIP SLYME」や「ZEEBRA」など、90年代後半からその活動が徐々に増え始めたグループが多くである。実力あるアーティストが増加しシーンの底上げをするなど、新たな動きが見られ始めた年でもある。「MSC」・降神の「Temple ats」・「Da.Me.Records」・SEEDA擁する「SCARS勢」、「black smoker Records」、関西では「韻踏合組合」・「R-RATED RECORDS」などが、今も引続きその一端を形成している。

また1997年から代々木公園で毎年開催されている「B BOY PARK」、2002年大会MCバトルで優勝を果たした「MSC」の「漢a.k.a.GAMI」の主催で、全国規模で行われたフリースタイル・バトル大会『ULTIMATE MC BATTLE』が開始された。優勝は『カルデラビスタ』がその座に着き、後に大会の模様を収めたDVDも発売される。この大会を機にアンダーグラウンドレベルでフリースタイルをするMCが急増するほどの影響力を見せた。

メインストリームではケツメイシが同年2月16日に発売した11thシングル『さくら』を発表、ケツメイシ初シングルCDランキング1位を獲得した。ノンタイアップながら初動売上21万枚を記録し、卒業シーズン目の前ということもあり、その年の中高大の学校では同曲が卒業ソングとして多く利用されることになる。
そのさわやかなテイストと歌詞との相性でこの年以降でも春をテーマにした名曲として今でも愛され続けている、ケツメイシの中では最大の売上と話題を広げた曲である。
同曲において、NHKから『紅白歌合戦』の出場依頼があったものの、辞退をしてしまう。もしこの年の紅白に彼らが出演していた場合、勝敗は変わらないものの瞬間最高視聴率を狙えるほどの位置にいたはずだろう。多くのファンが生放送での『さくら』披露を楽しみにしていたに違いないだろうが、それでも彼らの曲が高く評価されていることに変わりはない。

また、「RIP SLYME」はこの年の『ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2005』に出演、初日のオオトリを務めることになる。2日目にMr. Children・三日目に同年から三年後に活動を無期限休止となるサザンオールスターズがそれぞれトリを務める豪華なラインナップの中、彼らの活躍が評価された結果と言えるだろう。
転換期と言われるほどに、メインストリームとアンダーグラウンドで多くのヒップホップアーティスト達の活躍が見えた一年であったことがよく分かる。

マイク、ワンツー!

2006年

元「KICK THE CAN CREW」のKREVAが2月に発売した2ndアルバム『愛・自分博』がヒップホップソロアーティストとして始めてのウィークリーチャート1位を記録。また、同アルバムを引き下げたツアー『KREVA TOUR 2006 愛・自分博~国民的行事~』の千秋楽でも、邦楽ヒップホップソロアーティスト初となる日本武道館公演を果たす。
「KREVA」に続き、コミカルなキャラで人気を獲得した「SEAMO」が9月に発表した2ndアルバム『Live Goes On』にてウィークリーチャート1位を記録、この年の紅白歌合戦への出場を果たすことになる。
さらに同年12月に「SOUL'd OUT」のシングルベストアルバム『Single Collection』が、デイリー・ウィークリー、共に初登場2位を記録するという快挙を成し遂げる。
この年はヒップホップソロアーティストの活躍が目立つようになり、「DEV LARGE」が満を辞して11月に発表したソロアルバム『THE ALBUM (ADMONITIONS)』において、シーンにその存在感を再び示すようになる。

アンダーグラウンドでもめまぐるしい活躍が見られ、「SEEDA」や「BES」などのUSヒップホップを咀嚼した作品を作り出している『SCARS勢』が躍進する。レコード会社『Pヴァイン』などから次々にアルバムをリリースし、シーンから尊敬の念を得ることになった。

2007年

「ノリアキ」という風代わりなラッパーが出現し、同年10月に発表したアルバム『This is da Music.』の収録曲、『君はポイズン』とそのPVが、これまでの日本のヒップホップ界のものとは大きな異色を表し斬新であったため、大きな評判であった。
デビュー曲にて第一線で活躍しているアメリカヒップホップMC「エミネム」や「ZEEBRA」をフェイクと称したため、賛否両論を巻き起こしたものの、前文に書いたアルバムによってカリスマ的存在としてのし上がっていくと誰もが思っていた。
翌年ごろから活動が見られなくなり、2009年に公式で活動休止発表、「限りなく引退に近い決心」と本人の発言もあるため、必ずしも引退とはいえない。活動再開時期は未定としているものの、2013年までに多くのファンが彼の復帰を望んでいる声が多く聞かれているようである。

三人組ヒップホップユニット「RHYMESTAR」が1月に発表したアルバム『メイドインジャパン~THE BEST OF RHYMESTER~』がオリコンウィークリーチャート6位になる。その翌月にはアルバム『ベストバウト~16 ROUNDS FEATURING RHYMESTER』を発表、さらに翌々月には集大成ライブ『KING OF STAGE VOL.7』を日本武道館にて敢行、結成から18年を費やして辿り着いた公園は大成功のうちに幕を下ろす。演目ではこれまで客演してきた各年代ごとのアーティストにバランスよく出演、キングギドラの再結成客演など既存のヒップホップファンを大いに沸かせ、さらに「ゴスペラーズ」・「横山剣」などの各ジャンルにて活躍している著名なアーティスト達を招聘した。

しかし必ずしもシーンにいい事ばかりが起きるわけではない。昨今の出版業界の不況のあおりを受け、国内唯一のヒップホップ専門誌『blast』が廃刊してしまう。「ケツメイシ」・「RIP SLYME」など、超人気アーティストとなるユニットがいる一方で、メジャーにおいての全ヒップホップアーティストの作品売り上げ不振は止めることができず、シーンに対しての逆風が顕著なものとなってしまう。
暗い話題を吹き飛ばすように北海道は札幌を拠点にして活動している「THA BLUE HERB」が5月に3rdアルバム『LIFE STORY』を発表する。アルバム発表前に発売した6thシングル『PHASE 3』がインディーズチャートながら1位を獲得する。

この年、ヒップホップMCである「SEEDA」がメジャー初となるアルバム『街風』がオリコンアルバムチャート19位を記録。また同アルバムはアメリカ最大のヒップホップ誌『The SOURCE』の日本版にて開催されているアワード『BEST OF JAPANESE RAP 2007』にて、BEST JAPANESE HIP-HOP ALBUMにて1位、BEST JAPANESE HIP-HOP ARTISTにて3位に選出された。

2008年

「SD JUNKSTA」のリーダー、「NORIKIYO」が同年8月にメジャーデビューアルバム『OUTLET BLUES』を発表。実話ナックルズでも特集が組まれ、シーン内外からの注目が集まった。同メンバーの「BRON-K」のアルバムもじわじわと評価を獲得していき、同ユニットは日本を代表するクルーの一つとなる。
「ZEEBRA」がこの年、デビュー20周年を記念して9月にベストアルバム『The Anthology』を発表して、ウィークリーチャート9位にランクインする。
また11月1日には日本武道館で20周年記念ライブ『ZEEBRA 20th ANNIVERSARY THE LIVE ANIMAL in 武道館』を開催、大成功を収める。このライブには多くのゲストも参加し、「DEV LARGE」は参加しなかったものの「さんピンCAMP」で参加しなかった「TWIGY」も含めて、雷家族のメンバーがほぼ揃っての『証言』が披露された。この様子は後に発売されたDVDに収録している。
また同時期に自叙伝『ZEEBRA自伝 HIP HOP LOVE』を発売する。同著書の中で、2002にキングギドラの「公開処刑」という曲において、かつて『Grateful Days』で共演を果たしたこともある「Dragon Ash」の「降谷建志」を『ステージやライムをパクっている』と名指しで攻撃した。降谷建志は、これに対するアンサーソングは出していないものの、これを機に同グループの音楽性に大きな変化を与えたきっかけにもなった。その後は当人同士の遺恨はないと心境を告白しているものの、一部のファンからは、Twitterを通して「降谷建志」との関係を質問される事もあるので、その都度、質問に答えている状況にあるという。

札幌のアンダーグラウンドシーンを先導していた「THA BLUE HERB」の次にその名を広め、楽曲のスピリチュアルな世界観が人気を呼んでいる「Mic Jack Production」のリーダー「B.I.G. JOE」が、2003年から2009年かけて麻薬密輸の容疑でオーストラリア刑務所に収監されていたが、翌年に服役終了を先駆けて2ndアルバムを発表する。これ以前に発表された1stアルバムは獄中からの電話によるラップで制作をされたが、BGMとしてなる他の囚人達の声が響くことで話題を集めた。

2009年

日本のシーンにおいて無視できない出来事が起きる。練マザファッカーのメンバーでCD販売店、『BOOT STREET』のアルバイトの男が同店の店舗にて大麻を売買したとされる『大麻譲渡事件』に関連して、練マザファッカーのリーダーである「D.O」が実質的に経営する会社『D.Office』に家宅捜査が入る。そして同メンバー「PIT GOb」が大相撲力士「若麒麟真一」と共に大麻取締法違反・所持の疑いで逮捕されたこともあり、メディアからのバッシングを受けた。
こうしたヒップホップ界の色合いから必然的にこうした麻薬関連に精通しやすくなってしまうのも、そもそものヒップホップの要素として含まれてしまっていることが要点になるだろう。元々ラップ・ブレイクダンスはギャング間の抗争を無血で終わらせるための競技として、ということが本来の本質であり、そうした色に賄っての行為ではあるものの、法の下においては犯罪行為としてでしかない。
その後「D.O.」は不祥事の責任を取ると言う名目で発売を予定していた2ndアルバムの発売を中止し、約1年間の活動休止に追い込まれる。余波は大きく、「D.O.」が出演・参加した楽曲・ライブなど全てにおいて発売中止・もしくは出演部分を編集で全てカットするという対処にメーカーは追われることになる。
だがこうした行為がシーン全体に広まっていると聞かれれば、その詳細を知ることは定かではないが、純粋に文化的要素としてシーンを芸術的に大衆に広げようとする人々もいるはずだろうが、全くの無縁ということはなかなか難しいところなのでは、と考える。

「SEEDA」とGEEKのMC「OKI」がRIP SLYMEのメンバーやm-floの「VERBAL」などの人気アーティストで出来たユニット「TERIYAKI BOYS」へのディスソングを発表した。その後「VERBAL」が自身のポッドキャスト番組に「SEEDA」を招待して、話し合いが行われた。一連の事件をSEEDAが発表した曲名から『TERIYAKI BEEF』と名づけられた。
MSCのMCである「GUNNIES」が「SEEDA」に対するディスソングを発表し、これに対して「SEEDA」もブログにてアンサーソングを返した。こうした流れから、互いが喧嘩しているようにしか見えないが、アメーバブログによると「こうした一連のディスソングに関する是非はともかく、日本語ラップに関するビーフがここまでスピーディに展開するようになったのは特筆すべき事実である」としている。
ディスソングを発表し、それに対しての展開がなされていると言うことがヒップホップ界において小さくも大きな一歩と、評価していると言うことだろう。
文化的なヒップホップではラップで、ブレイクダンスで、その勝敗を決すると言うことの本質にまかり通っているといえるのかもしれない。

2010年

やはり本質的な要素からは離れられないと言うことなのだろう。
この年KAMINARI-KAZOKU.の「YOU THE ROCK★」が大麻取締法違反の罪で、2005年以来で再逮捕されてしまう。前年に開校を発表していた日本語ラップ学校だが、懲役8ヵ月の判決を受け、これを機に音楽界引退を発表し、開校も中止へと追い込まれてしまう。
その後「YOU THE ROCK★」の不祥事を受けKAMINARI-KAZOKU.が彼への思いをこめたシングル『2U』発表する。
翌年「YOU THE ROCK★」がtwitterを開設、ラジオ番組に出演するなど活動を再開しているとしている。こうした行為で、ヒップホップ界のみならず芸能界が犯罪を犯した人物が悠々と戻って、何事もなく活動を再開していると言うことに、一般大衆は受け入れがたい。
アーティスティックな活動をしている人々にはそういった負の面を問うのではなく、芸術的才能でカバーすればいい、そんな風潮が根付いてしまっているのも事実。また金の成る木として、利用する人々もいることに他ならない。

「SOUL'd OUT」が各々のソロ活動に専念していたが、ついにユニットの活動を再開することを発表する。ライブ「BEAT CONNECTION 2010」にて、2年ぶりのライブ出演を果たすと同時に復活を遂げる。

「いとうせいこう」・「BOSE」・「ZEEBRA」・「宇多丸」などの様々なラッパー達に作詞の仕方をインタビューした書籍『ラップの言葉』を『P-VINE BOOKs』からリリースされる。
ラッパーはどのようにして詞を書いているのかという根幹的な内容についてテーマ化した内容となっている。
しかしながら、こうした教本は意外と役立つと言える。作詞をするにあたり、大半が本来ある詞からのリスペクトなどを経て完成されることがほとんどと言ってもいいだろう。だからこそ似た内容のものが多くなったり、似すぎているものに関しては盗作という悲しくも現実にある事態も起こっている。
ただ書ければいい、というわけではなく、その中に文としての個性がなければ存在はいつまでたっても矮小で、狭まった環境で形成された世界観、と認識されても仕方のないものだ。
ラップでも何でも、そうした単純なことをほんの少し勉強するだけで言葉の色は鮮やかに、華々しくもなったりする。

2011年

東日本が未曾有の大災害を受けた「東北地方太平洋沖地震」が起きた同年9月、「キングギドラ」が9年ぶりに活動を再開し、大阪城野外音楽堂にて開催されたチャリティーライブにて『KEEP YOUR HEADS UP!』を開催する。
その後ユニット名を「KDGR」に改名する。改名の理由として、「キングギドラ」という名前ではライセンス・フィーが発生してしまうので、出来る限り売上を寄付にまわしたいという思いからの改名理由としている。

スラングを学ぼう!